大阪地方裁判所 昭和19年(ワ)422号 判決
原告 宮田宗兵衞
被告 赤松初司
一、主 文
原告の請求は、これを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し東洋紡績株式会社十株券三枚(但し甲は自第五八四八一号至第五八四八三号)を引渡し且該株式名義の書替を爲さねばならない。若し被告において右引渡及び名義書替をすることができないときは原告に対し金一万三千百七十円を支拂わねばならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、原告は生野高等女学校の校長として永年教育に從事してきたものであるが、昭和十五年四月頃訴外小林莊三郎を介して訴外渡辺寛次郎を知るにいたつた。右渡辺は原告及び原告の妻はまほの世事に疎いのを幸に原告所有の株券を騙取しようと考え、同年六月上旬頃右原告らに対し、自分の経営する証券トラストは最も堅実且有利殖方法であつてこれに加入すれば多額の利息を交付するし株券は訴外野村証券株式会社の金庫に安全に保管され入用のときは何時でもこれを返還すると嘘を言つて原告を欺し、その頃同人より原告名義の請求の趣旨記載の株券を騙取した。そして渡辺は同月二十日頃偶々原告が同人に梅田映画株式会社株式の買付及び日曹鉱業株式会社株式の賣付を依頼した際、その必要書類として交付した原告の実印押捺の委任状が手許にあつたのを幸に訴外東昇次郎をして印判業印象堂事杉村慶一に依頼し、被告の実印を僞造させた上、これを押捺して原告名義の僞造白紙委任状を作成し、前記騙取の株券に添附して、同年七月項から同年九月上旬迄の間に他人に処分した。被告はその後本件株券を讓り受けて現にその名義書換を終え、これを所持するものである。
そして僞造の白紙委任状附株券の讓渡は讓受人において善意無過失平穩公然に取得した場合でも法律上当然無効であつて、讓受人はこれが証券上の権利を取得するに由なく株券所有者はその所有権を失わないことは既に大審院の確定的判例であるから、この前提に立つ限り取引の動的安全は静的安全にその優位を讓るべきである。從つて原告は被告に対し、右所有権に基いて請求の趣旨記載の株券の返還とその名義書替を求めるとともに、予備的請求として被告が右履行をすることができないときは昭和二十三年五月十五日現在における仲値表を基準として同記載の換價金員の支拂を求めるため本訴に及んだと陳述した。<立証省略>
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告の主張事実中被告が他より原告主張の株券を讓受け被告名義に書替を了しこれを所持することは認めるが、その余の事実はこれを爭う。被告は昭和十七年九月神戸市内の有價証券一般取引業の訴外某より本件株券を買受け白紙委任状により被告名義に書替を了し、平隠公然且善意無過失に占有を始めたのであるから、原告に対しこれを返還する義務はない。よつて原告の請求には應じ難いと述べた。<立証省略>
三、理 由
原告主張の株券を被告が訴外人某から讓受けてその名義書替を終え、現にこれを所持することは当事者間に爭がない。そして成立に爭ない甲第一乃至第三号証に証人宮田はまほの証言を綜合すると、昭和十五年四月頃原告及び原告の妻はまほは、知人小林莊三郎の紹介で知合となつた訴外渡辺寛次郎から、持合せの株券を野村信託株式会社に預けるだけで有利な運用利殖の方法があり必要のときは何時でも返還を受けられると勧誘され、具体的内容につき深くこれを確めず單に同人を信用して、同年六月六日頃請求の趣旨記載の株券を同人に交付したこと。右株券交付に当り同人の求めるままに原告名義の白紙委任状を作成し株券に添附したこと、右委任状には会社に届出てある原告の印章を使わず有合印を使用したこと、その後同人から利殖金として一定の金員を受取つたこと、四月中頃偶々同人は原告から日曹鉱業株式会社の賣却及び株式会社梅田劇場株式の買付と名義書換手続を依頼され、そのとき必要書類として受取つた委任状に押捺してあつた原告実印の印影を利用して原告の実印を僞造した上、これを使用して原告名義の白紙委任状を僞造し、さきに原告より交付を受けた有合印使用の分の代りに、右僞造の白紙委任状を本件株券に添附して同年七月頃から同年八月頃迄の間に他人に処分したことがいづれも認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
そして記名株券の所有者が白紙委任状を添附してその株券を他人に交付したときは、その白紙委任状が眞正に成立し且任意に交付されたものである限り、右交付の原因の如何を問わず爾後善意無過失にこの白紙委任状附株券を取得した者は、その株券につき権利を取得する商慣習法の存在することは、顕著な事実である。即ち、右商慣習法によれば株券添附の白紙委任状が眞正に成立し、権利者の任意交付にかかるものである以上は、該株券は右白紙委任状の添附により流通性を生じ、これを所有するものは正当に株券の処分権を有するものと推定され、その所持人から善意無過失でこれを取得したものは前者が正当な処分権を有していたと否とに拘らず有効に該株券の上に行使する権利を取得するに至るのである。それで前記認定した事実について考えるに、原告は右渡辺の意図の如何に拘らず、眞正な自分の委任状を株券に添附して任意にこれを同人に交付しているのであるから、右委任状に押捺した原告の印影がたとえ会社届出のものでなく、從つてこれにより直ちに株券の名義書換手続を求め得ないとしても、苟くも一旦眞正に成立した自分の白紙委任状を株券と共に交付したのである以上、右交付を受けた者が第三者に右株券を処分する前に適法に取戻すなど右株券の流通性を阻止しない限り、右株券の交付者と被交付者との対人関係の如何に拘らず、該株券は流通性を保有し、從つて被交付者において爾後右添附の白紙委任状を会社届出の印章を僞造して作成した白紙委任状と取替えたときでも該株券の流通性には何等の消長をも來さないものと解するのが相当である。もしそうでないとするならば、一方において右流通性を賦與させておき乍ら、他方においては、これを信頼して取引した第三者に対し右流通性を否定することになり、著しく信義に反するのみでなく、証券取引の安全と信用を破り第三者に不測の損害を與えるにいたるからである。
原告は僞造の白紙委任状附株券の讓渡は讓受人がたとえ善意無過失平穩公然であつても、法律上無効であつて該株券の所有者はその所有権を失わないと主張するけれども、右の主張は前段説明により正当とはいえない。そうすると右渡辺から本件株券の処分を受けた訴外人及び同人から轉々讓渡を受けた被告は反証のない限り善意無過失にこれを取得したものと推定すべきであるから、本件株券につき有効に権利を取得したものというべきである。從つて原告の本訴請求は他の爭点につき判断する迄もなく理由がないからこれを棄却すべきものとして訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 乾久治 本井巽 岡部重信)